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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2087号 判決

控訴人 大木伸銅株式会社

被控訴人 タツタ電線株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、原判決事実摘示中被控訴人の請求原因一における(5) の手形の手形金額が「五百三十三万一百九十四円」とあるのは「五百三十三万五千一百九十四円」の誤記と認めて訂正し、証拠として、被控訴人は新たに甲第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし五、第一一号証ないし第一三号証の各一、二を提出し、甲第九号証の二、第一〇号証の二、三における記載はいずれも控訴会社に関する記載であつたものを他の者に関する記載のように、同第一二号証の二の見出しも控訴会社とあつたものを山瀬医院と各改ざんせられたものであると述べ、証人田中武英の原審証言並に被控訴会社代表者辰巳夘三郎本人の当審供述を援用し、控訴人において証人阿久津好胤、中島猶治、川島武治の各当審証言並に控訴会社代表者大木岩治本人の当審供述を援用し、甲第一三号証の二は不知、その余の同第九ないし第一三号各証が西台合金株式会社の営業上使用していた帳簿であることはこれを認めるが、その内容及び被控訴人主張の改ざんの点はいずれもこれを知らないと述べた外は、原判決の事実摘示の通りであるからこれを引用する。

理由

一、訴外西台合金株式会社(以下西台合金と略称)が被控訴人主張の(1) ないし(5) の約束手形(いずれも受取人被控訴人)を振出したこと、右五通の約束手形の第一裏書欄を空白にし、それぞれ支払拒絶証書作成義務を免除の上、第三裏書の被裏書人を被控訴人にして、(1) (2) の手形については第二裏書を訴外株式会社昭和機械工作所(以下昭和機械と略称)、第三裏書を控訴人が、(3) ないし(5) の手形については第二裏書を控訴人、第三裏書を昭和機械がして、いずれも振出人の西台合金の手を通じて被控訴人に交付せられたこと、その後被控訴人において右各手形の第一裏書欄に裏書記入をし、なお被控訴人主張の頃右各第一裏書欄に「無担保文句」を記入したこと、右各手形がいずれも満期に支払のため支払場所に呈示せられたが、これを拒絶せられたことは当事者間に争いのないところであり、右各手形がいずれも被控訴人主張の日にその主張の各銀行に被控訴人から裏書せられ、右各銀行によつて前示のような支払のための呈示がせられたものであつて、被控訴人はその不渡後右各手形を右各銀行から裏書を受け現にその所持人であることは甲第一ないし第五号証の各成立に争いのない部分及び本件口頭弁論の全趣旨に徴しこれを認めることができる。

二、そこで本件各手形においては、控訴人は一面においては右各手形の第二または第三の裏書人であつて被控訴人の前者に当るものであるが、他面においては被控訴人が右各手形の第一裏書人である関係上被控訴人の後者に当るわけであり、後の被控訴人への裏書はいわゆる戻裏書に該当し、通常の場合においては被控訴人より控訴人に対する遡及権の行使はできない関係にあるものである。

ところが被控訴人は、右各手形における控訴人の裏書は、手形振出人である西台合金が手形金の支払をしなかつた場合において、被控訴人に対する償還義務を履行することによつて保証の実を挙げさせようとする保証のための裏書であるから、被控訴人への償還義務を免れないと主張する(本件において被控訴人は、控訴人の裏書が右趣旨の裏書であるとの主張から、被控訴人の第一裏書に「無担保文句」を記入することには控訴人の明示または黙示の承諾があると主張し、この「無担保文句」記入の効力が主たる争点なるかの観を呈しているが、被控訴人において、右裏書の趣旨自体からしても被控訴人への償還義務は免れないとの主張をしているものであることは、被控訴人の主張の全趣旨からみて明白である。)ので、まずこの点から判断する。

成立に争いのない乙第二ないし第八号証の各一、二に原審証人荒牧光雄、多屋良三、田中武英の各証言、被控訴会社代表者辰巳夘三郎本人の当審供述、原審並に当審証人川島武治の証言の一部及び成立に争いのない乙第一〇号証(別件仮差押異議事件における証人川島武治の尋問調書)の一部を総合すれば次の事実が認められる。

西台合金は昭和二七年の秋頃から昭和機械の代表者である荒牧光雄の紹介で被控訴人と取引を始めたものであり、その取引は西台合金の方で被控訴人から電線の材料である荒引線を買受けるものであつた。そしてその買受代金は、当初被控訴人の方では現金取引を希望したのであるが、西台合金側の都合で六〇日ないし九〇日の約束手形で支払うこととなつたが、被控訴人と西台合金とは初めての取引であつた関係上、被控訴人の申出で右手形には昭和機械も保証の意味で署名することとなり、当初の頃は西台合金と昭和機械との共同振出の形をとり、後には西台合金から被控訴人宛の手形に昭和機械が第二裏書をする形(第一裏書は被控訴人)をとつていた。ところが昭和二八年五月頃に西台合金の取引先である山田電線株式会社が火災にかかり、同会社に対する西台合金の債権千五、六百万円の回収が困難となるという新事態が発生した。そこで被控訴人としては従来の形の手形だけでは取引を継続し難い旨を西台合金に伝えた結果、西台合金の前社長でありその実権を握つていた川島武治(同人は被控訴人との取引については当初からその契約の衝に当つていた)から従前通りの昭和機械の裏書の外に控訴人の裏書(昭和機械の場合と同様保証の意味の裏書)を加えるから従前通り取引を継続して貰いたいと申出て被控訴人もこれを了承したものである。そして右被控訴人と川島との話合は大阪の被控訴会社の事務所で行われ、荒牧もこれに加つたものであるが、その後川島から荒牧を通じて、控訴人も右保証の意味での裏書を承諾した旨が通知せられ、また現実にその頃以後の取引代金支払のため振出された乙第八号証の手形から本件五通の手形に至るまでの手形にはその裏書欄に、控訴人において、第二裏書または第三裏書をして、これが被控訴人に交付せられたものである。

右の通りに認めることができるのであつて、原審並に当審証人川島武治の証言及び前示乙第一〇号証の証言調書中には右認定に反する部分もないではないが、到底採用できないところであり、他に右認定を左右すべき証拠はない。

そこで問題は右認定の川島から荒牧を通じての被控訴人への通知が果して真実を伝えたものであるか否かの点、すなわち控訴人が果して右通知の通り西台合金振出の手形に保証の意味での裏書をすることを承諾したか否かの点である。そして右事実については何等の書面も作成されていないのであり、またその直接の関係者である川島も、また控訴会社側の人も、控訴人の右手形への裏書は、被控訴人が右手形を銀行で割引するための便宜上せられたにすぎず、振出人である西台合金の債務を保証する意味でしたものではなく、その意味の裏書については川島も頼まず、控訴人もこれを承諾したものではないと口を合せて供述するところであつて、従つて被控訴人主張の意味での控訴人の承諾の点については何等の直接証拠もないこと、正に控訴人主張の通りである。

しかし、前示乙第一〇号証、原審並に当審証人川島武治、当審証人中島猶治の各証言及び控訴会社代表者大木岩治本人の原審並に当審供述を総合すれば、

(一)、控訴人の本件手形への裏書は、西台合金の川島武治の依頼によつてせられたものであるが、川島の依頼に対しても控訴人はたやすくこれに応じたものではなく、再三の依頼によつてようやくこれに応じたものであること、

(二)、控訴人は本件裏書について、当初川島から一ケ月分の手形についていてだけとの依頼でこれを承諾したにすぎなかつたものであり、乙第八号証から本件五通の手形に至る二ケ月分のものまでについては川島の強引な依頼を受けて己むなくこれに応じていたものであるが、その後の手形については川島の依頼、更にまた被控訴人側から申出に対しても断乎これを拒否してその裏書に応じなかつたものであること、

(三)、控訴人裏書の最初の手形(乙第八号証)は満期に故障なく落されたのであるが、右手形金の支払については、当時既に西台合金の内容は悪化していて到底自力だけでこれを落すことができなかつたため、控訴人に控訴人裏書の手形を不渡りにしないためと強く訴え、控訴人もこれに応じて相当の援助をしたため漸くこれを落し得たものであること、

以上の各事実を認めるに足るのであつて、本件各手形への裏書は、仮にこれが控訴人主張のように割引の便宜のためのものであるにしても、控訴人はその割引銀行に対する責任はこれを免れることはできないのであるから、この意味においてもそう容易にその裏書依頼には応じ得ない関係にあつたともいい得ようが、ともかく本件手形の裏書については控訴人としてもその責任上相当慎重な態度をとつたことだけは間違いのない事実としてこれを認めるに足るのであり、また本件と同様の関係にある乙第八号証の手形金支払のためには控訴人も相当の配慮をしていることはこれを認めるに足るのである。そしてまた前示乙第一〇号証及び証人川島武治の原審並に当審証言によれば、

(四)、西台合金と被控訴人との取引において西台合金から被控訴人に交付せられる手形については、昭和機械が保証の意味でその共同振出または裏書をしており、その裏書も第一裏書欄が被控訴人において補充せられることを予想して第二裏書欄にその裏書をしてこれを被控訴人に交付していたものであること前認定の通りであるが、川島武治は右手形が昭和機械の共同振出から裏書へとその形式を変えた際にも右形式の変更が特別の意味を持つものとは全然これを受取つていなかつたものであること

が認められるのであり、手形の形式からいえば、振出人の手形上の債務を保証する者が、保証を受ける者の後者となつて第一裏書を受け、これを第二裏書によつて右受保証者に裏書(戻裏書)するの形をとることは聊か異例とせざるを得ないが、西台合金の川島はこの点について何等の疑念をも抱かなかつたものであることが明かであつて、控訴人の本件手形への裏書もこの川島(しかもこの川島は被控訴人に対しては、控訴人から昭和機械と同様な裏書をとるからといつて取引の継続を願つていたものであること前認定の通りである)からの依頼によつてせられたものである事実はまた相当に注意を要する点である。

更にまた成立に争いのない甲第六ないし第八号証に原審証人関口徳治、当審証人中島猶治、原審並に当審証人川島武治の各証言及び控訴会社代表者本人の原審並に当審供述を総合すれば、

(五)、控訴会社は(イ)銅合金の製造加工並に販売、(ロ)右に附帯する一切の業務を目的とし、西台合金は(イ)特殊鋼並に非鉄金属の熔接及び圧延による線棒板の製造販売加工、(ロ)電気抵抗炉及び電気器具の製造販売、(ハ)右に関聯する一切の業務を目的とし、類似の営業を目的とするだけでなく、控訴会社の代表取締役大木岩治は西台合金の事実上の主宰者である前記川島武治の姉婿に当り、また右大木岩治は昭和二六年三月二〇日から昭和二八年九月三日まで西台合金の取締役を兼ね、また控訴会社の本件裏書当時の業務部長(登記簿上は監査役)関口徳治も昭和二六年三月二〇日以降西台合金の監査役に就任していること

が認められ、控訴会社と西台合金との間には、法人相互の間ではあるが、相当密接な関係があることが認められる。

そしてまた前示証人荒牧光雄、多屋良三、川島武治、田中武英の各証言及び被控訴会社代表者辰巳夘三郎本人の当審供述を総合すれば、

(六)、西台合金は前認定の山田電線株式会社の火災によつて相当の打撃を受け、控訴人に本件手形への裏書を依頼した当時においては、被控訴人との取引を継続し得るか否かはその死活の問題であり、その被控訴人からは取引継続の条件として相当な人の保証を求められ、その保証人として控訴会社の名があげられ、控訴会社の保証の意味での裏書さえあれば取引を継続し得る関係にあり、しかも被控訴人との取引が継続して荒引線の供給を引続いて受けることさえできれば、なお立直り得るとの見通しをつけ、被控訴人に対しては右取引の継続を、また控訴人に対しては右取引継続のための手形への裏書を、その全力をあげて依頼し、漸くその承諾を受けたものであること

が認められるのであつて、右各事実に、一般に手形への裏書依頼は、その依頼者のための保証の意味での裏書についてのものであるのが通常であることを合せ考えれば、川島から控訴人に対する本件手形への裏書依頼は、昭和機械の裏書の場合におけると同様、振出人である西台合金の手形上の債務を保証する趣旨において求められたものであり、控訴人も前記のような特殊な関係、また死活の窮境にあつた西台合金の川島からの懇願已むなく、右の意味での裏書の依頼に応じたものと推認するのが相当であつて、前示乙第一〇号証の証言、証人川島武治、中島猶治の各証言、控訴会社代表者本人の供述及び当審証人阿久津好胤の証言中には右推認に反するものがあるが、前認定の各事情から考えこれを信用することができないのであり、他に右推認を覆すべき資料は何等これを見出すことはできない。

右事実関係からすれば控訴人の本件手形への裏書は、手形振出人である西台合金の手形上の債務を保証するの意味においてせられたものであり、右裏書の趣旨についての控訴人と被控訴人との合意は、被控訴人からの申出、控訴人からの承諾共に川島(承諾については更に荒牧)を介して、同人等を伝達機関としてせられたものであつて、控訴人の本件手形への裏書が右趣旨のものである以上、本件手形の第一裏書欄に後に被控訴人がした「無担保文句」の記入の効力についての判断をするまでもなく、被控訴人は本件手形において控訴人に対する関係では、手形上の後者であると共に前者にも当り、戻裏書を受けた関係にあるものではあるが、その前者としては控訴人に対し、控訴人の裏書が前記の趣旨のものであるとの人的事由を対抗し得るの結果、後者としての遡及権を失わないものと解するのが相当であつて、控訴人は被控訴人の本件遡及権の行使を拒み得ないものと解すべきである(大審院昭和八年五月五日判決参照)。

三、控訴人は、控訴人が本件各手形に裏書をするに当つては、西台合金の川島を通じて被控訴人との間に、被控訴人は控訴人に裏書人としての責任を負わせないとの約定があつたと主張するが、この主張の採用できないことは右二における説示により既に明かであつて、前示乙第一〇号証、証人川島武治の証言及び控訴会社代表者本人の供述中には、右控訴人の主張に副うかと思われる部分もないではないが、これは前認定の諸事情から考え到底採用できないところであり、他に右控訴人の主張事実を認めるに足る証拠はない。

四、控訴人の原判決摘示三の主張の理由のないことは既に前示二において説明した通りである。

五、控訴人はなお本件裏書は控訴会社の目的たる事業の遂行に必要な行為とはいえないから無効であると主張するが、この主張もまた採用できないところであつて、その理由とするところはこの部分についての原判決の理由の説示と同一であるからこれを引用する。

六、更に控訴人は、本件裏書は控訴会社代表者の権限濫用行為であり、この濫用の事実は被控訴人も十分その情を知つているのであるからその無効を以て被控訴人に対抗する趣旨の抗弁をする。

しかし会社代表者の代表権の範囲は、これを抽象的にいえば会社の権利能力の全範囲に及ぶものというべきであるし、具体的にいえばその範囲を制限することもあり得るわけであるが、控訴会社と西台合金との間には特殊の関係のあつたことは前認定の通りであつて、控訴会社の代表者大木岩治が本件手形の裏書をするに当つては、同人はこれを別に他の控訴会社側の人達にかくそうともせず公然これをしたものであること当審証人阿久津好胤の証言に徴してこれを認め得るところであり、これらの事実を合せ考えれば、なるほど本件手形の裏書は、控訴会社として何等の保証をも得ずして西台合金のための保証的裏書をするものであつて、場合によれば会社に重大な責任を負わせるものであり、会社内部の関係においては代表者の行為の当不当の意味においてその責任を追及し得べき性質のものではあつたかも知れないが、会社代表者の権限の内外という見地からすれば、控訴会社代表者が前記のような関係にあつた西台合金からの依頼によつて前記のような裏書をすることは会社相互の関係から一般にあり得ることと認められるので右代表者に許されていたものであつて、その権限内の行為であつたものと認めるのが相当である。従つて右が控訴会社代表者の権限逸脱の行為であることを前提とする控訴人の右抗弁またこれを採用することはできない。

七、右の通りであるから控訴人は被控訴人に対し、本件手形金合計二七、三〇一、五〇四円及これに対する各手形の満期以降完済に至るまで手形法所定年六分の割合による法定利息を償還支払うべき義務を免れることはできないのであり、その支払を求め被控訴人の本訴請求は正当であつて、これを認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 山下朝一)

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